山号・寺号

  瑞雲山 眞福寺

宗派

  臨済宗 妙心寺派 (禅宗)
  
  本山は京都の正法山妙心寺

本尊

  虚空蔵菩薩

住職

  山田仁彰

由緒・沿革

 和銅元年3月(708年)、元明天皇の第三皇子である開元王(大津皇子とも言われている)が勅勘(天皇の命により罪人となること、この経緯については豊橋の民話 『海に消えた皇子』に詳しく記されている。)となり、虚船に乗ってこの地に漂流したとき、村民がこれを助けて殿舎を築いた。皇子はその背後にお堂を建て、そこに行基菩薩作の聖観音像を安置した。


 殿舎の裏となるためその地域を「真裏口」と名づけ、お堂は庶民の信仰を集め遂に一寺となり、この寺を眞福寺と称した。


 その後火難に遭い、本尊を焼失したため、趙長法橋作聖観音立像に換えたものが現在の観音堂に祀ってあるものである。この立像は丈3尺8寸、後世の補修はあるが鎌倉期の作である。


 古来は天台宗であったが、後世貞治3年(1363年)3月、大寂常照禅師の再興と共に臨済宗に改宗、その後同宗妙心寺派の東観音寺の末寺となる。天台宗だった縁から、現在の本尊は虚空蔵菩薩座像であるが、これは作者不明である。



 
参考資料:『豊橋寺院誌』(豊橋寺院誌編纂委員会編、1971)
   


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